西軍敗走
小早川隊の寝返りと大谷隊の壊滅により、旗本中心の家康本隊もようやく動き出し、東軍は西軍に総攻撃をかける。そのころ宇喜多秀家隊は、東軍各部隊から集中攻撃を受け続けていたものの、撃退し続けていった。しかし、小早川隊らが側面から、東軍の後詰めの部隊からも波状攻撃を受ける。それでもなお宇喜多隊は激戦を繰り広げたが、とうとう宇喜多隊の各戦線が完全に崩壊し壊滅。宇喜多秀家は寝返った小早川秀秋を討とうと決心し、小早川軍に突撃して戦死しようとするが、家臣の明石全登らに説得され、やむを得ず伊吹山中に敗走する。小西隊も敗れ、敗走。南宮山に布陣していた毛利らも西軍の敗北と知ると、戦わずに伊勢街道方面へ逃亡し始めた。石田隊は宇喜多・小西が敗走したあと、東軍部隊から総攻撃を受ける。圧倒的に不利であったにも関わらず、石田隊は持ち堪えていたが、とうとう壊滅した。こうしたなか、勝敗を度外視した戦いを続けていた島津隊は東軍に包囲される。ここにおいて、いわゆる島津勢の「敵中突破退却戦」が開始される。
update:2009年09月12日
